法話 「お盆を迎えるにあたって」
東善寺副住職 長谷尾 大圓
平成十六年度 盆会法要(盆講)
本日は、猛暑の中、東善寺盆会法要に参集いただき、有難うございます。
昨年は、異常とも言える冷夏の中で、お盆をお迎えしましたが、今年は全く逆になってしまいました。 本堂は、扇風機はあるものの、エアコンは効いていません。 昨今の報道によると、この暑さのために、室内にいても熱中症にかかる人が続出しているとのことなので、くれぐれもご用心ください。熱中症になって、救急車で近くの病院に運ばれるようなことがないよう、もし気分がすぐれない方がおりましたら、早めに水分を補給されることをお勧めします。 いくらお寺の本堂の阿弥陀様の前に座っているからといっても、ここから直接、お浄土へ行くのは早すぎますよ(笑)。
お盆に際しては、先ず、過去の長い歴史の中で、先人が私たちに残してくださった多くの遺産に思いをいたすことが大切でしょう。 私たちは、これまでの人生の中で、数多くの善知識と呼ばれる方々と出会ってきました。 これらの人々との出会いを通して、私たちは、真実の世界へと導かれ、人間としての本当の幸せとは何かといったことを教えられてきました。 そうした人々は、まさに私たちが残された人生を生きていく上で、お手本となる方々に違いありません。 私たち一人ひとりが、夫々の人生の歩みの中で、既に亡くなられた方々に対する思いを新たにし、そして又、すべての先祖に対するご恩の気持ちを感じていることでしょう。 今は亡きそれらの人々は、私たちが今日を生き、そして未来に向かって生きていく上での、基盤を築いてくれた方々です。
又、お盆にあたっては、私たちの命を育て、護り、支えてくれている限りない他のいのちのはたらきに、思いをいたすときでもあります。 これらの無限のいのちのはたらきを、仏教では他力と呼んでいます。 他力という言葉は、今日、政治家の演説やビジネスの現場、更には私たちの日常生活においても、誤って使用されている例が数多く見受けられます。 つまり、他力というと、何か弱々しく、消極的で、無責任なイメージで捉えられているようです。 一方、自力と言えば、何か力強く、積極的で、責任感の強いイメージをもって受け取られているようです。 しかし、これらは誤解であり、言葉を誤って使用しているものです。 他力とは、私たちの全体を包んでいる真実のはたらきであり、それなくしては、私たちは一日たりとも生きていけないということです。
つまり、私たちは、それを認識するしないにかかわらず、他の多くのいのちと互いに支えあって存在しているのです。 言い換えると、何ものも、他のはたらきに依ることなく、それ自体で存在しているものはないということです。 この真理を、仏教では「無我」と呼んでいます。 しかしながら、日本語で無我と言うと、普通は、なにか禅僧が深い瞑想の中で到れる境地、つまり「無我の境地」などという意味合いにとられることが多いようです。 又、無我という言葉を、文字通り受け取って、我が無いなどと言ってみても、これではその意味がよくわかりません。 私たちにとって大事なことは、無我という言葉の意味を正しく理解することです。 日本語では、「相依性」とでも言えるでしょうか、互いが相依って存在している状態を意味しています。 これは、仏教があきらかにしている基本的な原理原則であると言えます。 只、私たちは、しばしば、この原理原則を無視して、他の存在に構わず、自分勝手な行動に走ってしまう傾向があります。 特に、最近は、そうした人間のエゴに基づく様々な紛争、軋轢といったものが世界全体、又、私たちの社会の中に蔓延していることは、皆さまもよくご存知でしょう。
この「無我」という真理をよくよく理解したならば、私たちが生きているということは、実は生かされて生きているということに気がつかされます。 そうすると、何かお返しをしなければという気持ちが湧いてくるでしょう。 しかしながら、親鸞聖人が言われているように、私たち凡夫は、いかなる行為をなしたとしても、そこに利己心というか、自分中心の考え方を離れることができません。 仏様のようなまことの心をもって、善行をなすことは極めて困難です。 そこで、そういう私たちにも出来ることと言えば、それはもう多くの他のいのちのはたらきをいただいていることへの感謝の気持ちを、こころから表すことに尽きるでしょう。 それが南無阿弥陀仏のお念仏ということです。
皆様方は、まもなくご家族や親戚、兄弟姉妹揃って、お盆を迎えられることでしょう。 お盆のときこそ、一家全員で、お仏壇の前に静かに座り、今は亡き人たちに思いをいたすと同時に、私たち一人ひとりにはたらきかけている限りなきいのちのはたらきに対して、こころからの感謝の気持ちを表しましょう。 そうすることで、家族のきずながより一層深まり、私たちが、残されたこれからの人生を、より前向きに生きていくことにつながっていくでしょう。
本日は、暑い中、よくお参りくださいました。 有難うございました。
南無阿弥陀仏